「と、まぁこんな所か」
「鬼かお前は」
間髪入れず向けられた酷評に、男の眉根がきゅっと寄った。口元は皮肉げに笑んでいる。温かい日差しの下、馬に牽かれる藁の上では不似合いな自嘲。

「それを言うなら魔王だろう」
「元、な」
「今だって魔王さ。俺は、」
「死んだだろう? ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアは」
「……ああ、死んだな、悪辣皇帝は」

む、とC.C.はわずかに唇を曲げた。言葉遊びから抜けられた側の機嫌は当然下降する。
それには一切取り合わず、ルルーシュは肩をすくめて別の疑問を乗せた。「さっきの話から、どうして俺が鬼だなんてことになるんだ」

「自覚がないのか? さすがに驚くな、世界どころか、最期を共に歩んだ者達にも嘘を吐いておいて」
「……仕方ないだろう、俺の存在は、最早害悪にしかならない。あいつらにだって死んだと思わせるべきだったんだ」
その是非について、C.C.がとやかく言うことはない。ルルーシュがそう言うなら、計画としてはそうした方がいいのだろう。だが、遺された彼らが不憫だと、さすがの魔女も思ってしまった。器用で不器用なルルーシュの性格も、また。

「みんなは元気か?」
そうやっていつも気にかけるのに、どうして。
「……ああ、まだ空元気な奴もいるが、大概なんとかやっているよ。各人の詳細を知りたいなら自分で確認しに行ったらどうだ?」
「馬鹿を言え、何のためにお前に『眼』を頼んだと思ってるんだ」
「『眼』か? 眼は口を利かないぞ。政策を考えることだってしない」
「絡むな、感謝しているよ。苦労をかけているとも」

ルルーシュが浮かべた困ったような苦笑に、C.C.の溜飲がわずかに下がる。当然ピザも付くのだろうなと付け加えて。
そうでもなければやってられない。ルルーシュに聞かせるため情報を探ったり、ルルーシュの指示に従って国の代表に助言しに行ったりと、毎日くたくたなのだ。人伝の話で情勢を的確に予見し、外れのない打開策をはじき出す頭は相変わらず見事だと感嘆しつつ、お前自分で動け引きこもり、とも強く思う。
共犯者が舞台から降りたいまC.C.自身には世界へ進んで干渉する気が毛頭ないが、『ゼロをよく知る者』として口を挟む必要も、機会も、そして需要も、少なからず存在した。
面倒なことだ、と顔をしかめてつい先日のことを思い出し、「ああ、そうだ」とC.C.はぽんと手の平を軽く拳で叩く。古典的だな、とルルーシュが抱いた呑気な感想は、続いた言葉に吹き飛んだ。

「お前のこと、スザクにバレたぞ」
「は?」
一音を発し、しばし呆然とし、――数秒後。ルルーシュは脳に浸透した情報に、「なぁッ!?」と声を裏返らせた。

「お、おおお前……!」
「私のせいじゃない。教えたわけでもない」
「ほう、なら何だと言うんだッ?」
「蚊に刺されたんだ」

……………………。

「……なに?」
「そしてそれを掻いたんだ。奴の前で」
「……それだけか?」
「それだけだ。しかしルルーシュ、お前の方がよく知っているんじゃないか? あいつの動物的嗅覚は」
「…………」
「……私のせいじゃないからな」
「判っている」
二度繰り返すあたりにC.C.の自責を感じて、ルルーシュは頷いた。

たかが蚊である。そこに何かを見出す方が普通じゃない。C.C.は久し振りに得た感覚だから自ら気付けたんだろう。だが、スザクはどうだ?
……そう、相手はあのスザクなのだ。

「殴りにでも来ると思うか」
「よかったな。今なら百裂脚だろうが無駄無駄ラッシュだろうが、受けても大事ない。暫くは動けないだろうが」
「もう二度と嫌だぞ、死ぬ感覚なんか。これからはジェレミアから離れられないな……」
「それより先に、泣き付いてくるんじゃないか? ああ、眼に浮かぶようだ、耳に聞こえるようだ。『どうしよう、ルルーシュ!』と叫ぶ情けないゼロが」
「……ちょっと待て、まさかそれ、」
「人前じゃなかったことを幸運と思え。大分パニックに陥っていたが、それだけの分別は備わっていたらしいな」
マジか。呟いて項垂れたルルーシュを微笑んで、眼差しを前方へ向けたC.C.が「んん?」と唸った。つられてルルーシュも顔を上げる。

「アーニャ……? 何かあったのか」
桃色の髪を揺らして少女が走ってきていた。あまりアクティブな印象を与えない風体の彼女だが、さすがにその脚は早い。そう待たずにふたりの元へと辿り着く。
して、その用件とは。

「ルルーシュに、電話。なんだか涙声だったけど」
「…………」
「いきなり押しかけることはしない、か。成長だな?」

そんな成長はいらない! とルルーシュの叫びがこだました。






08.09.30