「つまみ食いか?」
「むぐっ」
背後からのからかいを含んだ声に、オレンジが喉に詰まる。恨みを込めて振り返れば、「お門違いだ」と苦笑された。……そうだけど。
それ以上責めることはせず、ジェレミアは収穫したひとつを手に取る。口から出たのは「どうだ?」という問い。

「うん、甘かった」
「そうか。ならば今年こそ陛下へ献上するとしよう」
そう言う表情は輝いている。やっと差し上げられるという満足感に満ちていた。

「何の話?」
「アーニャ」
木の間からひょいっと顔を覗かせた少女は、質問しておきながらもう答えを知ってるかのように不満げだ。
「また二人してどこか行くの」
「うん」
「去年と同じ所? 今度は私も、」
「それは駄目ー」
むっと口をつぐむが眉間の皺はより深くなる。その様子に頬が緩んだ。ここで共に過ごし始めた頃より、少女の表情筋は確実に発達している。なんだか父親にでもなったような気持ちが湧く。機嫌損ねましたと言わんばかりにぷいっとそっぽを向いて、ざかざか遠ざかっていく背中も愛らしくてしょうがない。

しかし可愛い娘、あるいは妹の願いでも、こればっかりは頷くわけにはいかないのだ。一堂に会するだろう人物は皆、民間からの監視が厳しい。人目に付かないよう動くには、不安要素は削ぎ落とす必要があった。
何より排他的な気分がある。敬意と義務と、わずかな優越感が。

「とか言って、あのマッドサイエンティスト、日にち忘れてたりして。あ、そっちの空籠とって」
「心配いるまい、セシル女史が引っ張ってきてくれる。こっちの籠はいっぱいだな、向こうへ持って行こうか?」
「後でまとめてでいいっしょ。ニーナは今年も渋々って面かな?」
「あれは我々の前だけのポーズだ、と咲世子が言っていた。
 そう言えば、あやつはしっかりやっているのだろうか。陛下の顔に泥を塗るようならば即刻叩っ切るが」
「大丈夫じゃない? 特にメディアも騒いでないんだし。こういう時、ギアスとディートハルトの力は偉大だったなーって思うよな、もしもの時の安心感が違う。でもどうしたの、いきなり」
「あの男の話はするな。いや何、久しく顔を見ておらんなと思ってな」
「そーそー、あいつ、本気でずっと仮面被りっぱなしなんだけど! びびるぜ、寝る時もそのまんま! 外すの、風呂と墓参りぐらいなんだもん」
「む、奴のその場を見たのか。ああ、これは駄目だ、形が悪い」
「じゃ俺が食べちゃお。前行った時、ちょうど日本で夏だったからさぁ。黙祷だけだけどな、ほんとは枢木神社行きたいけど外で仮面外したらさすがに怒られるとかって」
「どれ、私も一切れ……うむ、甘い。そうか、あの時か。確かナナリー様は陛下の誕生日にだったな」
「そ。そんでこっそり、アヴァロンの指揮官席で泣いてるそうだよ」
「こうしてみると時期がバラバラだな。他に、誰か知っているか?」
「リヴァルとかミレイとか、判る? 彼らは卒業式に、アッシュフォード学園のクラブハウス横にお参りしてる。あと元黒の騎士団の一部とか」
「ああ、それは前に聞いたな。ゼロレクイエムの当日、ゼロが生まれた日、ブリタニアから救われた日と各々定めて各々の方法でと。周囲に気付かれないならば何を言うこともないが」
「そんで俺らはあのひとに頭を下げられた日。ほんっとバラバラ!」
「それより貴様、さっきから食べ続けているではないか! いい加減にしておけ」
「固いこと言わないのー。ほれ、お前ももう一切れ!」

音に乗せることを禁じられた名、立てることを禁じられた墓、悼むことを禁じられた死。
それは現在の世界がではなく絶対の我らが主が下した命だったけれど、背くことに申し訳なさを感じる者は多くない。
ひとつ、見出したまん丸の橙を太陽へかざして、唇だけを小さく動かす。気付いたジェレミアが薄く笑ってうつむいた。
あなたのことだ、これぐらいは許してくれるだろう、ルルーシュ?
愛しの、我が主。






アヴァロン……? まぁいいや。
08.09.28