「あーあ」
落とした呟きを拾ってくれる人間はここにはいなかった。拾える者ならいた。しかし男は激情と戸惑いと恐怖を讃えた瞳を向けてくるのが精一杯らしい。

「ジノ」
湧いた仏心のままに男の名前を――一時、ほんの短い間クラスメイトだった男の名前を呼ぶと、凝固していた身体に揺らぎが見えた。
手に武器はないが全身武器のような存在、以前なら警戒もしたが、今や何の注意もいらない。ここにいるのは、帝国最強の騎士がひとりではないのだから。

「いいのか? みんな上へ下へって大騒ぎだろうに……ああ、そっか。やることないのか。もう亡き国の、騎士様は」
「――ッ!」
嘲りに如実な憤怒を表す。どうやら彼は、思っていたより自分の地位に誇りを持っていたようだ。それを叩き潰された、自ら叩き潰したことへの、激情。

「どういう、ことなんだ……」
知らないところで施された施政。塗り替えられた世界。自らの思考を凌駕する事態の変遷への、戸惑い。

応えてやる義理はなかった。問い詰めるべく俺を見付けたというならまだしも、この邂逅は単なる偶然だ。その証拠に、俺を見て数秒固まった。かつて、帝国最強と呼ばれたひとりが。
それに、もう判ってるんだろう? だから浮かんでいるんだ。自らの行いに対する、恐怖が。

「お前さ、何がしたかったの?」
そうだ、丁度いい。そう思ったのはかねてよりの疑問があったからだ。
帝国の騎士。皇帝の騎士。ナイト・オブ・ラウンズの3。なのに皇帝たるルルーシュ様に牙を剥いた男。
ビスマルクのように前皇帝シャルルのみに忠誠を捧げていたならまだ判る。だけどお前はそうじゃないだろう? 仇討ちなんて、あの時これっぽっちも考えていなかっただろう?
だったらよほどシュナイゼルに傾倒していたか、あるいは護るべき者を見付けたか――立てた推察は、一瞬言葉を詰めた様に無駄になった。

「それは、」
「もういいよ」
義なき男。いくら言葉で飾ったところで、芯がなければ何の意味もない。……こんなはりぼてに、危うく計画を止められそうになっていたなんて。つくづくKNFは機体性能と操縦技術が重いんだなと気付かされる。

「お前によく似てた奴を知ってるよ」
かつての姿がダブって見える。あの時は気付かなかった空虚な中身。それがどれだけ大事だったのかをまざまざと思い知ったのはついこの間だ。性能に技術に、信念が根を張るとああまで揺るぎなくなるのかと。畏れとは別の感覚に鳥肌が立ったのを、よく覚えている。
そして信念というなら、主にも、共に歩んだ同僚達にも言えることだった。勿論俺だって。

なのに、ずるいよなぁ。

騎士のふたりは主から直接手を下され、魔女も望んでいた通りの未来を手に入れた。そうした主は親友と手を染め合い、科学者は弟子と助手を抱え、全ての資料と共に塵となった。
残されたのは俺ひとり。ずるいずるいずるいずるい。「お前にしか、頼めないんだ」――ずるい。断れるわけないじゃないか!
「Yes, Your Majesty」そう答えたからには、完遂しなければならない。疾く成そう。気がはやる。急げば追い付けるだろうか。待っていてくれるだろうか?

そうだった。こんなところでからっぽ相手に道草食ってる場合じゃない。踵を返して、「お、おい!」かけられた声に振り向いたのは、少しばかりの未練からだった。

「あいつは己の答えを見付けた。お前はどうするんだろうね? 見届けられなくて、少し残念だよ」

左様なら。






08.09.22